走る、走る。
見上げなくとも、そこには無限に広がる、真青で突き抜けるような空があった。
雲が恐ろしい速さで流れていく。風が花を揺らし、またひとつだけの真黒の髪と、それが纏うワンピースも舞いあげていく。
果ての見えない草原の中、黒は立ち止まった。電池が抜けたロボットのように力が抜け、黒はうつぶせに緑の上へ倒れこんだ。
視界に入るのはただ緑と青。それなのに、頭の中は真白だった。
風の音にまぎれて、白の言葉が脳を冒していく。
貴方は要らない、と。黒は目を見開いた。
「白ちゃん…」
今までのは嘘だったんだろうか。
白ちゃんは私のことが好きじゃなかったんだろうか。この前は、好きだと言ってくれたのに。
何で怒らせちゃったんだろう。キスしたからかな。抱いたのが嫌だったのかな。
一体どうすればいい? 独りになるのは嫌だ。でもだからといって白の邪魔をするのも嫌だった。
どうすれば二人がうまくいく?
「……」
答えは勿論見つからなかった。
もしかしたら、問題すらまだ見えていないのかもしれない。黒の脳のほとんどはもう、真白だった。
手が震える。指が勝手に動いて何かを掴もうとするのだが、何もつかめない。
要らない、だと?
「ふざけるなよ…」
目を細めながら、黒は毒づいた。
白は、真黒の私など要らないと言った。しかしよく考えてみればそれは、空が海で海が空だと言うほど可笑しくて馬鹿げたことだった。
白は一人では存在できない。無論自分もそうである。だからこそよく分かる。
相反する白と黒は常に存在しなければならない。そしてその存在を確かめるのも黒と白のお互いの役目である。この程度なら大丈夫だろうが、今頃白は不安になっているはずだ。
黒はぐっと手を握った。無造作に伸びた爪が食い込み、皮膚が充血する。
死んでやる。私が死ねば、きっと構ってくれるはずだ。
ほうら、手の中のナイフを、ちょいと振るえばいい。
「ー…かはっ」
見渡す限りの突き抜ける青空。そこを悠々と泳ぐ白雲。そして果てのない緑の草原。
その中に、綺麗な赤がこんにちわ。
「はっ…はぁ」
右腕で腹を抱えながら、黒はおぼろげに歩き出した。
その細い腕では受け止めきれない大量の血が、げらげらと笑いながら音を立てて落ちる。黒は血の笑顔が見えてくるようで、ひたすらに顔を上げたままにした。
そうして黒が一歩進むたび、空からは青が消え、雲は天を覆い、風は傷を抉った。
黒の小さな、真赤な肌を、白の肌よりも冷たい雨が濡らしていく。
ぼたぼたと溢れ落ちる血に、黒は目を細めた。
これでいい。きっとこれで、白が構ってくれる。遊んでくれる。
そして私は、居なくなれる。
雨は強さを増して、黒の体を冷やしていった。




 次へ